我來札幌以後,生活的重心之一就是寫信。天天寫信,每隔幾天就會寫一兩封長信。這些信給了我很大的幫助,既給我了很好的練習機會,也讓我學著儘量向我想珍惜的人說話。今天正好上來網誌看一看,想了一想,雖然還是很對不起大家,不能經常用中文記錄自己的生活讓大家知道,還是勉強找出幾封手機上比較像樣的信,貼上來跟大家分享。是的,很多長信都是用手機打出來的,連我都不太相信呢。

中鶴

 以下為寫給日本語課程擔當老師的賀年信件,一方面充做近況報導,另方面也當成果發表。(請原諒我不翻中文)

舩橋先生

新年あけまして、おめでとうございます。
 
早々とご添削とおコメントとを拝見いたしまして、ありがとうございました。もっと早く返事すべきでしたが、遅れてすみませんでした。
 
さて、時間の経つのが早いでしょう。もうすぐ年の瀬を渡ろうとするかと思うと、瞬くうちに年が明けました。札幌で過ごした、初めての年明けでもあるけれども、ここで迎える唯一の新年ともなるやも知れません。交換留学生であるがゆえ、北大で勉強できるのはわすかな一年にすぎないため、いや、台湾で大学院を卒業する事情で実際一年に及ばないためです。こういうわけで、地元の人がもつより小さいな尺度から、いつでも立ってゆく光陰を計らずにはいられないのです。随って、人間も感慨深くなりやすいようになるというわけでしょう。
 
そうとはいっても、お正月の休みは京都を帰ってきてからずっとのんびりして過ごしました。だから、明日はもう授業に出なくてはならねにもかかわらず、今はまだ大変連休ボケになっているようです。具体的には、連休中は何をしたのかというと、なかなかできない京都の一人旅を除き、ほとんどは掛け布団で体を包んでテレビとか借りたレンタルビデオとかを見ながら、お茶を飲んだり、スナックを撮んだりして過ごしました。たまに、廊下の寒さに耐えて捕食室にご飯を作りに行ったとか、ベッドランプの光にあたって本を読んだとかということもあります。レンタルビデオとくれば、この間、古谷一行の若い頃演じた金田一耕助(横溝正史シリーズ)にハマって、そのシリーズの何本も見て、その推理と昭和末期の雰囲気が懐かしく感じられました。また、ご飯の事ときたら、その間、お茶漬け、雑炊、豚肉のステーキ、うどん、鍋ものなど、種類多くはないけど、すごい達成感ができました。さらに、手当たり次第に買った司馬遼太郎の短編小説も調子よく、つい半分以上読んでしまって、これもよほど達成感がありました。些細なことばかりですが、これこそ鶴のお正月の全体像なんですよ。いや、全体像と言ったからには、ふれねばならぬことがまだ二つ残っています。一つは、チューターと一緒に札駅前の東急デパートで年越しそばを食べたことで、ひとつには、友達とそろって神宮へ初詣に行ったということです。いずれも、いっそうお正月のめでたい気分を味わせてもらいました。
 
つまらない留学生活の記述で、長々勝手な言葉ばかりを連ねましたが、時間をさいて読んでいただき、ありがとうございます。また、判りづらいところありましたら、どうぞお許しください。
 
最後となりますが、また年始の挨拶をさせていただきたいと思います。
 
昨年中は大変お世話になりました。本年はまたどうぞよろしくお願いいたします。先生にとって、今年いっぱいは良い一年でありますように。
 
なお、くれぐれもお体をお大事に。
 
では、また。
 
中鶴
 
新(あらた)しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)

平成21年 1月5日 未明

以下是寫給寄宿家庭媽媽的近況報告,寫的是關於我隻身前往京都五天六夜旅行的事。也充作修行成果的中間發表。令人惋惜的是,在我抵達京都第兩天接到了寄宿家庭爸爸的爸爸過逝的消息。無限感慨。(請原諒我不翻中文)

お母さん

こんばんは!

おじいちゃんのことについて、お察しします。

ちょっと不謹慎ながら、近況報告として此度の京都旅行の見聞を語らせてもらいたいと思います。

五泊六日の旅行とはいえ、最初の日は夜遅く下京に着き、最後の日は朝早く京都を離れ、大阪に寄り、札幌に帰ってきたので、実際京都で見物していたのは五泊四日なのです。

滞在していた間、河原町、祇園、銀閣寺、法然院、嵐山、二条城、金閣寺、清水寺、大原の三千院等をあちこち見学しました。随分歩いたので、二日目の行程が終わったら、足はすごい痛くて、翌日の朝、結局、寝坊するようになりました。

何か印象的なことがあるかとくると、まず語らなくてはならぬのは法然院での体験なのです。そこで、ちょうど年末の催しに間に合い、初めて読経をし、上片落語を楽しめました。ある意味で、住職の梶田さんと出席した皆さまと共に、落語を聞いて存分に笑いながら、今年と別れて新しい気持ちを持って、きたる新な一年を迎えるようになりました。

また、三日目の夜、嵐山の花灯路を歩きに行った際に、野々宮神社で台湾からの学生と出逢いました。彼らを通じ、同行にはうちの学校の先生と学生も居て、皆は日本交流協会に招かれ、明日も京都見物することが分かり、つい翌日は彼らと行動を同じくするようになりました。

彼ら一行のお蔭で、自費は無論のことですが、二条城から、金閣寺を経、清水寺に至り、遊覧バスに載せてもらいながら、ガイドさんもずっとついて解説してくれました。その間、富田やに寄り、着物の試着とお茶の湯の体験もできました。高いながら、でもみんなと一緒楽しんで、よかったと思います。それに、着物を着る様子はガイドに若旦那はんみたいと言って笑われました。どう考えても、みんなとの巡り逢いは奇遇に他ならないのです。

京都にしても、優しい人がいます。本当にそう思うのです。法然院で落語を聞き終わったら、既に暗くなってき、またどこがどこか少々分からなくなってしまいました。折よく、帰りに行く家族が三人坂を降りてくるから、思いきって路を訪ねに声を掛けました。結局、路を案内していただいただけじゃなく、学生の独り旅だと知ると、朝食にか買っておいたパンは全部送っていただいたのです。暫くの間、涙の出たほど感動しました。

更に、大原でも優しい人に恵んでいただいたのです。というのは、あまり計画性のない私このバカ、うっかり手土産に現金を使い尽くしたことで、市内バスに乗るお金がたりなくなったばかりではなく、銀行さえ見つけませんでした。困ったなぁと思うが、なかなか通り掛かる人たちにお金のことで口が聞けなかったのです。そこで、いくら遠くとも絶対銀行を見つけようと思い、ついある駐車場に至って、その管理者に伺いました。幸いと赤ちゃんを二人連れた地元の主婦はあっさり運賃を出そうとしていただいたが、たいぶ私の遠慮と管理者の発案で最後は親切に一番近いファミリーマートに載せていただきました。お礼として、先ほど買った手土産のジャムをお送りしました。それに、感謝の心を込めて、年末の挨拶もしました。

まさしく、旅は道連れ、世は情けということなんでしょうね。ちなみに、大原がかなり気に入ったのです。気楽に居られるところだと思いますよ!

まだ、いろいろですけど、さしあたりここに止まることにしましょう。また、会えるとき、ゆっくりと。

最後になりますが、お母さん、お父さん、井上おばさんにはご健康を祈っています。また、おじいちゃんのご冥福をもお祈りしております。なお、年末の挨拶を控えさせてもらいたいと思います。

中鶴

平成20年 12月27日 未明

這是給寄宿家庭媽媽的近況報告。暫僅作為成果發表,請原諒我不翻中文。

お母さん

おはようございます。

気まぐれなこの一週間にお過ごしはいかがでしょうか。こちらは相変わらず元気に暮らしています。

いつもお世話になっております。先日もお邪魔しまして、すみませんでした。

さて、相変わらずと言っても、お母さんにご報告するに値することがあります。

まず、指導教官に案外ほめられたことです。先生はあまり世辞をおっしゃらない方ですので、チューターの川瀬さんから、授業中よく日本語で発言できて、進歩が速いなあって先生の話を聞かせられて、恥ずかしながら楽しくてたまらなかったですが。

次は、先週ある研究室の友達と一緒にステラプレスの映画館へ崖の上のぽにょを見に行きました。メンズディに擦れ違ったから、千五百円かかられちゃいました。でも、上映の終了する前日に間に合い、楽しく見られて、とても幸いに覚えます。ただ、なんとなく宮崎駿さんの作品はますます子ども向きになったように思われます。

また、先週の土曜日はマア君を含め、言語交流を共にやっている連中と揃ってDAIMARUの上層にあるレストランで食べ放題をしました。日本で初めてする食べ放題ですので、昼飯も食べずにわくわく楽しんで行きましたが、行列がずいぶんできたから一時間近くも待ちました。体験したのちは、お母さんの作ったご馳走がずっと口に合うことが初めて分かりました。まあ、恐らくバカな私はとくにいろいろな食べ物をたくさん食べることが好きな訳じゃなくて、好きな物(例えば、ご飯)が十分に楽しめること自身が幸せに思うからです。

勝手気儘に長々言葉を連ね、分かりにくい所が有りましたら、どうぞお許しください。

最後になりますが、寒暖の予測がなかなか付かないこの年末に際し、お母さん、お父さんと井上おばさんには、くれぐれもお身体にお気をおつけくださるようにお祈り致します。

では、またお目にかかれるのを楽しみにしております。

中鶴

平成20年 12月12日 明け方

這是寫給學校幫我們找的課業輔導員的感謝信之一,一方面作為練習,我每次會面結束後都會寫上一封感謝信。請原諒我不譯成中文。

川瀬さん

いつもお世話になっております。

今日もいろいろありがとうございます。忙しいけどわざと時間を割いて読み上げに付き合い、いつものように丁寧で精細に発音と切り目の付け方を聞き、さらに悪い点を矯められるよう書き留め、朗読の合間にも話の相手になっていただき、本当にお礼を言うには尽きがありません。

ところで、ドイツ言語と文化の話ですが、ずっとそのぼうだいな思想的遺産に魅了されているけど、なんとなくそれは冷たくて寂しい感じがします。「理論は灰色で、現実は緑だ」とゲーテの言葉がありますよね(受け売りだけど)。大体、そういう感じもします。なれど、ある意味では、それが嫌いではなく、いや、好きなんです。ただ、好きだからこそ、いまでもまだその中に深く入れるための入口を探している途中にいます。私の生命とその文化を貫く入口を。見つかれば、対象に対しての知識への愛がまたいまのように湧き出てくるかもしれませんが。但し、この先のことは…。

最後になりますが、お身体をお大切になさるように。では、またね。

中鶴

平成20年 12月9日 未明

第四次拜訪寄宿家庭時帶了台灣茶的茶包過去當伴手禮,從家宿家庭媽媽的來信知道利尿效果不錯,並在回信時提到最近生活上發生的事,其中一件事是,找到一個可以講日語的朋友。請原諒我不翻成中文。

お母さん

井上おばさんにも、お茶が気に入れてくださってとても嬉しいです。それに、お茶の利尿作用のお蔭か、むくみがなくなったのは本当によかったんです。お母さんにもいい効果が出るといいですね。しかし、こちらの場合は、たぶん普段はいつも食べ過ぎているから、あまり効果が見られませんでしょうかね。(笑)

最近は元気で落ち着いて勉強することが出来ました。風邪もたいぶ治ったようで、ただたまに少し痰が出るほどの不便が残っています。

ところで、この間新しい話し相手が出来ました。法学部二年生である女の子で、優しそうに感じられます。なぜ知り合ったかというと、それはまず私の二ヶ月前留学生センターの掲示板に張り付けたメッセージのお蔭でもあって、そして彼女もちょうど中国語を勉強し初めて、外国人を知り合いたいところのためでもあります。いまは毎週の水曜日の朝に一時間半やり続けていく予定ですが、うまく行くように。

最後になりますが、お母さんとお父さんには、お体をお大切にするように、お祈りいたします。井上おばさんにもよろしく。

中鶴

平成20年 12月4日 未明

第三次拜訪寄宿家庭不久後,比較詳細報告近況的一封信。請原諒我不譯成中文。

お母さん

今日は前日のほど寒くはありません。うちの親の話によると、台北はいままだやや暑い毎日です。台湾では夏の日差しが大好きですけど、札幌では暫くし経っていないけど少しずつ冬の物寂しさが面白く感じられてきます。夜帰りに、冷たい風に当たって独り歩きながら、容易にいろいろと思案するようになりました。

体のことですが、既にあんまり鼻水が出なくなって、身体のだるさがたいぶ取れたが、ただまだ咳が止まらないだけです。しかし、これだけでもちょっと困ります。だって、咳をすると、大きな音がするから、思わずに授業とか、回りの人に迷惑を掛けるからです。仕方ないことですけど、早く治るように祈っています。

ところで、うがいと手洗いもしっかりするから、ご安心ください。外に出る際はきちんと厚く服を着ているし、夜に寝る時は万全に寝袋に入り、またその上に掛け布団を掛けるし、ご安心ください。それに、いつも熱いお茶を楽しんでいますよ!美味しい台湾茶のティーバッグですが、今度少しながら持って行って、お母さんとお父さんにも、楽しんでいただきたいと思います。

最後になりますが、冬将軍の訪ねる時期に際し、お母さんとお父さんにもお身体にご自愛専一のほどお祈りいたします。

では、またご連絡を。

中鶴

平成20年 11月26日 未明

第三次拜訪寄宿家庭的感謝信。請原諒我不翻成中文。

お母さん

この三日間は大変お世話になりました。

いつも豊かな朝食、ちょうどいいほどの昼食、変化多くて美味しい夕食を作ってくださって、ありがとうございました。

それに、またいつも気を配って、コーヒーとかお茶を入れて、好きなおやつも用意してくださって本当にお礼の申しようもありませんでした。

この度、敢えて疲れの出た体を持ってお泊まりして、お母さんとお父さんに心配させられていただいて(ご迷惑をお掛けして)、本当にすみませんでした。

相変わらず口の重い私は、またお母さんとお父さんが話し相手になってくださったおかげで、いろいろ勉強になりました。とっても感謝しております。これからは気緩まざるように頑張りたいと思います。

ところで、部屋に帰ってから、ちょっと暖房をチェックする(手で触ってみる)と、意外と入っているのに気づいたんです。ただし、かすかで弱くしか稼働してもいないし、限られた時間帯以外ありません(たとえば、いま。多分、「早く寝よ!」って意味も含まれるかも)。でも、なくても、充分対応できるようにしていますから、ご心配なさらないでください。

冬の厳しさに負けず、健康で元気で居られるようにお祈りいたします。お父さんと井上おばさんにもよろしく。

それでは、また。

中鶴

平成20年 11月25日 未明

目前最大的遺憾之一還是沒能夠早睡早起。不管怎麼說,我似乎太喜歡夜裡的時光。

沒能夠紀錄下我每一天的生活,彷彿跟大家斷了聯繫,是我最不好意思的地方,只是請相信我,我過得很好,努力地盡我所能吸收我所遭遇的一切。來到札幌,其實幾乎不講中文,不寫中文,大多時間都用日文講話,思考,以及傾聽,有時候會突然意識到,語言竟然是這麼地實在。也許是因為我對於這個國家,這個文化有一份情,所以我才能一直好好珍惜我所得到的一切語彙,表達與善意,並嘗試舒展出一份具體而實現的關係。讓另一個他者在我存在中綻開另一視域。

來到日本以後,也許是我的關係,也許是札幌這個城市的關係,並沒有特別的不適應。雖然我沒去過東京或名古屋,那想必又是另一個日本,但是我還滿喜歡在這裡的生活的。

為什麼喜歡呢?也許是因為在這裡的每一刻都是學習。

在與父母遊歷札幌、小樽與旭山動物園之後,我便進入寄宿家庭生活。

稍微插開話題的話,想起來我有時候會覺得我是到哪兒都能生活的人。並不是說我能吃苦,而是說我很容易適應環境。但是這是真的嗎?仔細想想,能夠抱持這樣天真的想像的我肯定有幾分幸運,即使像現在這樣隻身到札幌唸書,也沒有真正吃到什麼苦頭。而事實是,我不太能夠吃苦,也是因此,才總是傾向逃避、才總是像個小孩。所謂的小孩,總是期待別人會伸手幫他。所以我想長大,想要經歷各種各樣的事,想要習慣,或者甚至愛上一個人想盡辦法去解決自己遇見的問題,即使要向別人求助,也不能是為了逃避責任。這很難,人的怯懦與懶惰總是在一瞬間竄出,並隨自己的不以為意蔓延肆虐;然後人又會以對自己的絕望為藉口,放棄一切對策。

回到寄宿家庭的話題來的話,我不得不說我真的很幸運,能夠遇見像他們那樣善良的夫婦。照顧我三餐、陪伴我聊天、帶我到洞爺湖、藻岩山、大倉山與圓山動物園踏青,甚至幫我搬行李進宿舍,待我像家人,甚至比家人還像家人。在這個家裡,每一餐都很豐盛,因為媽媽是專業主婦,為了爸爸,媽媽就會想好好煮一頓豐盛的料理,而有了我,料理就更加豐盛。就好像第一晚,有散壽司、味噌湯、鮭魚片、漬物、焙茶、蘋果與杮子,而那杮子真的很甜,像極了水蜜桃。而爸爸是一個凡事仔仔細細的人,好比說為了告訴我公車要怎麼搭、如何轉乘地下鐵,不僅寫了流程,還把地下鐵站的路徑也一清二楚地畫給我,清楚地連自動販票機的按法也不放過。這真的很讓我感動,不過那位爸爸以前曾經擔任過工程技師,說起來,這也是他往年工作所遺留下來的癖好。也許,元旦還有元旦以前我會再找時間去拜訪他們,我想他們也在等我。

我很害怕在這裡的時間過得太快,我想好好把握這段時間把日文學好。還有,一個人的生活。